10年前、私は世界初のデジタルヒューマンと話しながら涙を流す人を目にしました。今では、AIを人間らしくすることが、人の最も良い部分を引き出す助けになることがはっきりとわかります。

誰かが泣くところを見るとは思っていませんでした。
2016年のことです。私たちは、オーストラリアの国家障害保険庁(NDIA)のために構築したデジタルヒューマンのユーザーテストを行っていました。
IBM、オークランド大学、NDIAとの共同プロジェクトで、私たちはあらゆるブラウザから利用できる、世界初のリアルタイム・インタラクティブなデジタルヒューマン体験を構築しました。振り返れば、それは私の人生を変える出来事でした。しかし当時は、人々がどんな反応を示すのか、まったくわかりませんでした。
わかっていたのは、一般的なウェブサイトやセルフサービスの技術よりも人間らしく、しかも大規模に利用しやすいものとして私たちがつくった存在を相手に、画面の前で人々に話してもらうということだけでした。
私たちのアバターは完璧ではありませんでした。まだ少し不自然さが残っていて、感情や個性、共感を再現できる今の技術とは大きく異なるものでした。
それでも、何かが起きていました。画面の向こうにいる人が、自分は理解されている、大切にされていると感じたのです。評価されることがないと感じ、本当に言いたいことを口にできるほどの安心感を得ていました。そして笑顔が生まれ、涙がこぼれました。
この文章を書いているのは、ひとつにはその瞬間があったからです。そしてもうひとつは、グローバルブランドのために没入感のあるデジタルヒューマン体験をつくり続けて10年以上がたった今も、同じ居心地の悪い真実に何度も行き当たるからです。機械が私たちを模倣することに近づけば近づくほど、「深み」と「表現」の違いの大きさを実感するようになるのです。
AI企業を立ち上げる前、私はビデオ技術のスタートアップを経営していました。主にコールセンター向けの、スムーズなビデオ通話の実現に取り組んでいました。
ターゲットとした業界は金融サービスでした。成果を左右するのは信頼であり、ボディランゲージと感情的な反応が、信頼を素早く築くだけでなく、意思決定の迅速化や顧客満足度の大幅な向上にも欠かせないことがわかっていたからです。
余談ですが、ビデオによるコンタクトセンターはまだ本格的には普及していません。しかし、AIに対する人間の強みを生かす最良の方法であるため、その時代はまもなく来ると私は考えています。
その後、私たちはオーストラリアの障害者コミュニティとの取り組みを始めました。目標はシンプルで、かつ野心的なものでした。人々がサポートを受け、質問をし、理解されていると感じられるようにすることです。
制約は明らかでした。待ち時間は2時間に及び、障害のある人々が保留のまま待たされていました。質の高い対面でのやり取りへの需要は高まる一方で、当時のコンタクトセンターでは対応しきれなかったのです。
その後に起きたことは、私の功績ではありません。「ビデオ通話の向こう側にデジタルヒューマンを置いたらどうだろう」という革新的なアイデアを主導したのは、その政府機関のCIOでした。会話と存在感のためにデザインされた、人間のような姿をしたAIです。
人間に取って代わるためではありません。人間が対応できないときにも、人々がサポートを受けられるようにするためです。
そして重要なのは、私たちがそれを研究室でつくったのではないということです。利用する当事者たちと一緒に設計し、構築しました。視線の合わせ方、話すペース、口調といった振る舞いは、障害者コミュニティの人々がかたちづくったものです。しっくりくるとき、違和感があるときを、彼らが教えてくれました。
あのテストルームで誰かが泣いたのは、この共同設計のプロセスがあったからです。技術が派手で新しかったからではありません。ようやく誰かが自分にきちんと向き合ってくれたからだと、私は信じています。
上:UneeQのデジタルヒューマン「心臓病コーチ」は、NDIAのためのNadiaの取り組みを経て構築されました。
UneeQでデジタルヒューマンを構築してきた何百もの顧客から学んだことがあります。今日のAIは非常に高度で、パターン認識を通じて、理解できることと表現できることの両面で素晴らしい可能性を秘めています。これにより、人間のスキルや価値の多くの側面を、かつてない形で拡大できるようになりました。
多くの人が労働力への破壊的な影響に注目していますが、私の経験では、本当の成果は、これまで以上に幅広い人々により良い体験を届けられるようになること、そして紛れもない人間ならではの強みに集中できるよう労働力を進化させられることにあります。
それは、人間であるとはどういうことかを理解することから生まれます。これを私は「深み」と呼んでいます。
「表現」とは、AIが演じられるものです。「深み」とは、人間が生きてきたものです。顧客、患者、学生、従業員などに向き合ううえで、両者は異なる、しかし同じくらい重要な役割を担うことになるでしょう。
ますます明らかになっているのは、組織が両者の価値を理解し、それぞれの可能性を最大限に引き出すための適切な戦略をとる必要があるということです。
人は安心できると、より多くを打ち明けます。恥ずかしくて聞けなかった質問をし、説明が理解できなかったことを認めます。「大丈夫です」と取り繕うのをやめ、本当に何が問題なのかを話し始めるのです。
それがすべてを変えます。医療では、治療をきちんと続けてもらえるようになります。カスタマーサービスでは、実際の担当者を待たなくても、より多くのサポートを受けられるようになります。イマーシブラーニングでは、研修生が「うまく見せること」よりも、実際に上達することに集中できるようになります。
ただし、ここに居心地の悪い事実があります。もし組織のデフォルトがユーザーを急かすことであれば、AIはそれを解決しません。むしろ拡大させます。処理は速くなっても、軽く扱われたと感じる人が増えるだけです。
あの人が泣いたのは、私たちが時間をかけて耳を傾けるものをつくったからです。人間らしい体験を提供するAIを。
「表現」とは、AIが演じられるものです。「深み」とは、人間が生きてきたものです。
AIがパターン認識と学習によって見事にこなすこと。
人間が実体験と本物の感情からもたらすもの。
気づき:デジタルヒューマンの構築は「深み」に取って代わるものではなく、むしろそれを浮かび上がらせます。AIが私たちの模倣に近づくほど、人と人とのつながりがなぜかけがえのないものなのかが、よりはっきりと見えてきます。
AIをめぐる議論の多くは二者択一です。置き換えか拡張か、楽観か恐れか。その理由はわかりますが、実際にはこの枠組みはあまり役に立たないと感じています。本当に重要な部分を飛ばしてしまうからです。
AIは、私たちが報酬を得て行ってきた日常的な仕事を、これからもますます担っていくでしょう。それはすでに始まっています。正直なところ、そうした仕事の多くは、もともと人間にとってあまり良いものではありませんでした。問い合わせを振り分けるだけの仕事に就くことを夢見て大人になる人はいません。本当の問題は、定型業務がなくなったときに人間に何が起きるかです。
一貫した回答や、20回目の同じ質問への対応を機械が担うようになったとき、何が残るのでしょうか?
私の経験では、それは台本にきれいに収まらなかったものです。状況が込み入っているときの判断。最初から苛立っている相手との信頼関係づくり。立ち止まることに代償が伴うときでも、立ち止まれるほどの思いやり。
こうしたものは「ソフトスキル」と呼ばれますが、最も教えるのが難しく、最も自動化しにくいものに対する呼び名としては、いつも奇妙に感じてきました。
私からの問いかけはこうです。あなたは「表現」に投資しているのと同じくらい、「深み」に投資していますか?
「表現」とは、AIが得意とするものです。適切な応答、一貫した口調、ちょうどよいタイミングでの適切な反応。「深み」とは、人間がもたらすものです。経験に裏打ちされた判断力、顧客から本当に価値を認められる思いやり。一方は拡張でき、もう一方はできません。一方は信頼を築き、もう一方は築けません。
AIは今後も進化を続け、競合他社もあなたと同じツールを使えるようになります。効率化の効果は本物ですが、誰もが利用できるからこそ、すぐに広まります。戦略のすべてが「より少ないリソースでより多くを」であるなら、あなたはリードが縮まり続ける競争に参加していることになります。
文化とは、従業員が自分は本当は何のためにここにいるのかを決めるものです。そうしないほうが楽なときに、顧客にどう接するかです。AIがもっともらしい答えを出したのに何かが引っかかるとき、責任を持って向き合うかどうかです。「さらなる自動化」が「さらなる人間らしさ」につながるのか、それとも単に「人が減る」だけなのかを決めるのは、文化なのです。
私があのユーザーテストに何度も立ち返るのは、それがあることをはっきりと示しているからです。あの人が泣いたのは、私たちのデジタルヒューマンが、言いたいことを言うための時間と空間を与えたからでした。どうやらその体験は、心を動かされるほど珍しいものだったようです。
当時はまったく新しい技術に対する素晴らしい手応えだと受け止めていましたが、それはおそらく、今日の人々が組織とのやり取りの中で、どれほど頻繁に急かされたり、軽く扱われたりしていると感じているかを物語っているのでしょう。
Danny TomsettはUneeQのCEOです。10年以上にわたり、組織が大規模により良い体験を提供できるよう支援するデジタルヒューマンの構築に取り組んできました。本記事は、AIが人間らしさについて教えてくれることを探るシリーズの第1回です。